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zoom RSS 初投稿!ーー戦争と産業(西川満)

  作成日時 : 2006/08/21 18:07   >>

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 はじめまして。noriという大学院生です。戦時下の台湾文学について研究しているので、このブログを主にそのメモに使うこととします。ただ、ふつうの研究メモだったら読んでいてくつうでしょうから、もう少し一般的なネタもはさみながら書いていきます。

では、第一回目、今回はあるファシズム文学者の詩から、戦争動員のやり方などの解明を試みたいと思います。(上の写真は、今回考察を試みる西川満その人です。)

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「戦争と産業」ーー西川満について

近代における産業と戦争とはいかに接続されうるんでしょうか。アメリカの軍産複合体や、原子力発電と核兵器の関係などの現代の問題を考えるとき、ある作品を思い浮かべました。一つの手がかりとして、あるファシズム作家の詩を紹介したいと思います。

 その作家の名は西川満(1908〜1999)。作家としての顔と同時に、昭和炭坑という台湾の炭坑会社のオーナーとしての顔を持つ男です。1908年生まれで、子供の頃、父、西川純とともに台湾に渡ります。純は昭和炭坑という会社を立ち上げ、1943年まで社長をつとめ、43年に死去。満が後を継いだわけです。

 西川純、満親子は、台湾文化出版社という出版社を持っており、さらに台湾の文学における国策団体、台湾文学奉公会代表・矢野峰人と親交があったこともあり、台湾文壇に相当な影響力を持っていました。

 作風は耽美主義で、リアルな現実というものは一切捨象してもよいという立場に立ちます。(そして台湾文壇の中で一つの潮流をなしていた現実主義を批判し、現実主義の立場に立つ作家・楊逵との間で論争を繰り広げることになります。)彼の代表作としては「台湾縦貫鉄道」という鉄道が台湾を制圧していくというような内容の作品があります。まさに台湾を席巻する日本「近代」を代表するような文学表現を行った人物です。
 また、彼の書く詩はきわめて美しい風景描写を無邪気にやってのけるのが特徴で、ほとんど具体的な人間が出てこないのがもう一つの特徴です。亜熱帯の島の美しい、椰子の木、海、そして山の描写をよくしています。一部を抜粋します。

「戦争と勝利の結晶石」(1944)、『決戦台湾小説集』

 「石炭―/火薬と/雷管と/削岩機と/人間の力といふ力を  注ぎ注いで掘り出した」
 「炭素と/努力と/戦争と/勝利の/生きた大結晶石」
 「石炭―/燃え上がる炎と/動力を/さりげなくうちにかく  した/不動の黒金剛/ああ たくましく はげしく/石炭  はいま 燦爛たる陽を浴びようとする」

 まず、「石炭〜掘り出した」のところで、石炭の生産過程というものが描き出されます。労働者が、削岩機、雷管、などの近代的な機械を駆使して石炭を掘り出すわけです。

 そして、その石炭が、さらに「いろいろな機械」の燃料、そして動力になっているということが「燃え上がる〜不動の黒金剛」までのとろで示されます。もちろん鉄道とかもそうなんでしょうね。しかし、この詩にかかれているように、これらの石炭は産業のみならず、戦争にも同時に使われています。そしてこの詩の主題が戦争なのですから、もちろん、この石炭の「黒金剛」のような輝きは戦争の動力を秘めているわけです。

 この詩はある意味では、自らの職場やそこでものを作っている労働者の労働賛美の裏返しなんですね。「自分たちのつくったものが、明日の社会に役に立つんだ」とか「人々を支えているんだ」という代わりに「国の戦争のために役にたつんだ」ということを言っているわけです。

 ただ、もう一つ問題なのは、かれがどこからものをみているか、という問題です。この詩において、作者自身はどこでなにをしているんでしょうか。穴の中に入っているでしょうか。あくまで、彼は「掘り出した」後の、石炭をみて、これで国の役に立てる、といって感動しているだけなのです。まるで、会社の経営者が自分の会社を自画自賛するように。

 自らがつくりだしたものが、産業に生かされ、他方では、経済を動かしていく。そのことに対しての労働者たちの、あるいは経営者も含めて、何らかの誇らしさとか労働することへの喜びとかは、当然あるわけです。

 しかし、その「誇り」とか「喜び」の方向性をコントロールするのが国家であり、その方向性はしばしば国家によって「戦争行為」に結びつけられてしまうわけです。

 
 この詩の作者としての西川は、穴の外にいて、自らの喜びのアクセントを戦争におくことで、積極的に戦争行為に詩の中の掘り出された石炭の使用の方向性を結びつけたのでしょう。


 まるで、西川が、台湾文壇を率いて、「文学表現をする喜び」を国策遂行に結びつけたように・・・


 生産された後、そのものが生産され、そして使用されることに対して、どのような方向で喜びや誇りを「組織」していけるか、あるいは、がんじがらめにされた形での「喜び」から解き放つことができるか・・・。

 軍需産業とかで労働している人や、軍事利用されかねない技術を扱っている人とかのことを考えるとき、その人たちの働くことの意味を考える上でも大事な論点だとおもうんですけどね。

 そういう意味で、西川の、この詩というのは、良い「反省」の材料になり得ると思います。


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