載国煇『台湾と台湾人』を読んで考える

今日は夕方から読書三昧。載国煇『台湾と台湾人』を読み進める。光復後の台湾独立運動に日本の植民地支配が深く影を落としていることを再認識させられました。著者によると半世紀に及ぶ日本の台湾における植民地支配は、当人たちの好き嫌いは別としても日本社会の価値観が台湾人たちの中に骨の髄までしみわたっていたという。まあ、2.28事件(本省人の、国民党への台湾全土での蜂起)では反乱軍の中には君が代をうたいながら日の丸の鉢巻きに日本刀で襲いかかった人もいたみたいですし。

それはまあありうる話ですが、台湾の日本人もまた植民地支配の中でその感覚を変質させていったという指摘が面白かった。例えば、衛生観念についてなんですが、よく後藤新平は台湾の衛生問題に関わったという話は聞きますが、実は台湾の日本人の衛生観念を変えたという話はあまり聞きません。どうも著者によれば戦前の日本人の衛生観念としてはそれほど清潔にこだわっていなくてフィリピンを占領した日本軍兵士が現地人から手鼻をかむのを見られて馬鹿にされていたみたいですが、台湾では日本人が台湾人の手鼻をかむのを見て馬鹿にしてたみたいです。著者は長らく植民地支配をするなかで日本人は統治する側の感覚を身につけ、被征服民のやることをみな「汚い」と感じるにいたったんではないかというわけです。

確か井出勇が、在台日本人作家が植民地的関係における現地の支配者という独特のポジションの中で、本国とは相対的に異なった経緯で皇民意識=帝国の一級臣民という意識をもったのだ、と主張するんですが、こうした分析に通じるものがあります。
 西川満や濱田隼雄のような、権力に近い連中などは、もちろんのこと、外来勢力であった台湾の日本人は、被征服民を構造的に、心から現地人と分かり合えることは困難です。どこかで、現地人への不信感を持ちつつ、それでいて、被征服民を一段低く見ることでしか、自らの立場の優位性を発揮できないのです。
 以前紹介した陳火泉が「道」を発表したとき、物語の主人公の、日本への熱烈な同化願望を、在台日本人作家も見せつけられました。井手は、『文芸台湾』に掲載された西川、濱田の、「道」の書評を引用しながら、熱烈な皇民文学が日本人作家にも深い影響を与え、それが、より一層、日本人作家の皇民意識を強化したのだと分析しました。
 僕自身、この井手の意見には半分は反対の立場です。僕があの書評を読んだとき、単に「皇民文学」に感銘したというような生やさしい反応とは思えません。
 あの書評では、西川が「独特の皇民文学を作り上げた」と陳を評価するわけです。しかし、何が独特かという説明は、単に「熱烈に日本人になりたい本島人がいる」というだけで、それ以外の説明はありません。もちろんあそこまで、前のめりに同化を願望する本島人を描いた本島人作家はいませんし、そのことの衝撃はあるでしょう。
 しかし、それを差し引いてこの書評を読むと、全く違った彼らの評価基準が現れてくるんです。西川と濱田に共通して言えることは、「文章が練れていない」、「幼い文章」というようなことを一旦言っておいてから、「でも感動した」という、そういった文章の展開が見て取れる。本島人作家が下手な日本語を使って一生懸命文章を書いた。下手だけどまあまあおもしろいから、これからもこいつの作品をみてやるか、という宗主国の言語を思うままに話せる人間の、自分より日本語が不自由な立場の人間への、「博愛」主義的なまなざしを感じるわけです。ここでいう「博愛」とは植民者の被征服民への「博愛」というのと同義です。

 「素材だけでもっている作品で、文学的には練れていないものだという批評も出るかもしれないが、そんなことはどうでもいいと思う。」「今、次の作品をこつこつ書いているいるそうで、今度は何が出来るか、僕なりに楽しみにしている。」(西川)

 「ずいぶん幼い文章だし、取っつきにくかった」「どうも荒削りである。助詞の間違いも多い。」「が、後半に入って私も亦瞼を熱くした。」(濱田)

 下手だとまず、言わずにはおれなかった。だが、作品そのものとしては、完全に彼ら日本人作家の期待以上のものができてしまっていて、これ以上くさすわけにはいかないほどの出来だったといえるのでしょう。
 
 馬鹿にしていた対象である本島人たちが、とんでもないものを持ってきていて、なかなか馬鹿にすることさえ不可能な状態に陥っている状況だとも言えます。

 だから、井手のいうように単に感銘したというよりは、むしろ、否応なしに感銘せざるをえなくて、より一層、皇民意識を強化することなしに自らの優位性を確保することもままならないったのではないか、と僕は思うのです。したがって、僕は、結論部分では井手に賛同できるという立場です。ゆえに半分反対、半分賛成という立場だと言ったのです。

 僕は、井手の論を批判的に検討しつつ、載国煇の文章を読んだとき、征服民たる日本人の、おそらく多くは、植民地で常に優越意識を持たざるを得なくて、その優越意識の根拠は、手鼻であろうが、衛生施設の問題であろうが、文学表現であろうが、なんであろうが飛びついたのだろうとおもったのでした。そして、こうした日本人の優越意識もまた、日本人と台湾人、朝鮮人、中国人などとの不幸な出会いを、不幸な関係に、推し進めていった、一つの大きな要因ではないかと考えたのです。

 
 もっともこの本の主題は現代の日本人と台湾人との関係のなかに台湾人のアイデンティティ形成にある植民地支配の影を見ようという、極めてポストコロニアル的視座の本なんですが

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この記事へのコメント

2006年09月13日 22:59
台湾という地域を改めて考察します。日本が植民地に併合する迄は、どこの国も余り関心を持って無い地域だろうと推察します。当然、清が宗主国であって領土では無い独立国だったんだろうし、人口が希薄な国であったろうと推察します。現地人よりも日本人の方が多かったのではないだろうか。
蒋介石が国民党を連れて入ったので、今の人口が考えられます。台湾人にとって日本人は文明と資本を持って来た人達であって、畏敬を持っていたと想像します。
そこらの処をバックグラウンドとして説明があると分りやすいかと思います。専門外からの眼ですが如何ですか。
2006年09月13日 23:20
。台湾人にとって日本人は文明と資本を持って来た人達であって、畏敬を持っていたと想像します。
そこらの処をバックグラウンドとして説明があると分りやすいかと思います。専門外からの眼ですが如何ですか。


そんなに簡単なものでもないですけどね。心底日本を憎悪しつつ、しかし、深いところでは日本の価値観をきっちり持ってしまっていたりと、かなりねじれたアイデンティティ形成をしている人たちが台湾に多いです。
 で、日本の支配も嫌だったものだから最初蒋介石に対して熱狂的に歓迎したのですが、すぐに彼らの悪さに気付いた、というのが真相です。ところが、蒋介石の悪さと、日本の悪さというものを的確に認識し、克服していくような闘いの戦略を打ち出すような余裕なんてなかったわけです。
2006年09月14日 14:02
日本人にせよ、国民党にせよ、原住台湾人より多くいたのでしょう。原住民の方が少ない訳だから余裕ができなかったんじゃないかな。
2006年09月16日 22:38
過去の歴史については、その真実の歴史や事実は知ることはできます。
しかしそれに対する軽々しい推察はするべきではないと思います。
なぜなら 、今生きている人間の推察は、今の人間の持っている知識や常識にもとずく推察であって、当時のさまざまな環境や、人々の感情を実感することはできないからです。
その事実が起きたときの状況、当事者たちの真理、感情などの真実はその人たちだけにしか分からないものです。
軽々しい推測はその人たちを侮辱することになりかねませ
ん。
Hbarさんの考察
「台湾人にとって日本人は文明と資本を持って来た人達であって、畏敬を持っていたと想像します。」
これはは支配者としての日本人のおごりです。
日本人による支配には、当然利点もあったかも知れません。台湾の人々の民族感情はそんな軽々しいものではなかったと思います。



2006年09月16日 22:41
ごめんなさい。
真理ではなく心理です。
2006年09月18日 11:52
おババさんの仰る事も分ります。
しかし、現在の台湾では、戦前日本から統治を受けた人々は、例えば米国でのインディアンにあたるのではと思います。少数だって人権は人権と言ってしまえばそれまでですが。

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