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教育基本法改定問題によせて「市民社会フォーラム」に寄せた評論を再録いたします ====================================== 「愛国心」なるイデオロギーの歴史 教育基本法の改定が審議されています。与党案、民主党案双方に愛国心が盛り込まれています。 いくつかのレベルでこの問題を考えることが可能です。もっともよくいわれているのは、愛国 心を培うことを教育の目的にするのは内面の自由の侵害だということです。これは確かに正 しい指摘です。 そしてそれに加えて、国を愛するとは一体なんのことなのか?という視点。つまり「愛国」とい うイデオロギーの発生根拠を探ることです。 「公定ナショナリズム」 起源は少なくとも「近代」の入り口にまでさかのぼるでしょう。日本の場合、列島を植民地化 から回避しようとすること、あるいは日本の資本主義を発展させるために統一された市場の必 要性などから、当時の日本の支配層が列島の住民を統合したことにはじまります。この場合、 日本では、西洋諸国に追いつくための急激な近代化を達成するために、国家権力の強力な指 導と統制のもと、権力が国民を強烈に引っ張り挙げるようなことをはじめます。国民統合の柱 として支配層は天皇を持ち出しました。天皇は、軍人、資本家、地主などの特権階級の「お手 本として」、権威と、強力な権力と、広大な土地をもつ存在になりました。天皇制の下での権威主義的な体制の下で日本は近代化を歩むのでした。 民衆からのナショナリズム運動の典型例としてはフランスなどがあるでしょう。18世紀に勃興 せるブルジョワジーは、王制を打倒します。 ただし、下からのナショナリズムもいったん権力につくと、それは権力を維持する手段になり ます。 また、日本でも次第に民衆からのナショナリズム運動が広がります。1905年のポーツマス条約を不服として、頭山満ら、右翼に率いられた民衆による「日比谷焼き討ち事件」などはその典型です。こうした民衆のナショナリズムを吸い上げる形で、国家も、国民統合を進めます。これをベネディクト・アンダーソンなどは「公定ナショナリズム」などといいます。 日本の場合、1945年に大日本帝国が崩壊し、海外領土を失い、日本列島のみを領土とする 「日本国」がその後継国家として成立するわけですが、このとき、日本社会を統合する原理として、かつての天皇制のような形のままというわけにはいきません。そこで、平和的で民主的な教育、政治のあり方が模索され、日本国憲法と、この憲法に書かれている諸条項を達成するために教育基本法が成立したというわけです。 ここでは、教育の目的は人格の完成と、平和的、文化的国家の担い手という2側面であるとされました。確かに平和国家の主体をつくるという、ある種のナショナリズムは残存するものの、他方では国家権力による教育への介入を排除するという方向が打ち出されたのです。今回の教育基本法の改定とは、この権力の介入に道を開くことを意味します。そして、憲法の改定を通じて、平和条項が葬られようとしています。 国家戦略としてのナショナリズムーー教育基本法改定と19世紀フランス 公明党などは、愛国というものを、郷土や地域への愛情ということで説明しようとしています が、実はナショナリズムの説明にはなっていません。彼らがいうのはパトリオティズム(郷土愛)です。パトリオティズムとは、自らのいる、あるいは生まれた土地や地域への愛着であって、必ずしも国家権力を必要としない概念です。 ところがこれが容易に混同されて議論されるのは、それ自体の狙いは、この法案の危なさを 隠して国民に説明するためです。ただ、この手の説明はわりと昔から国家がよくやる手なんで すね。そしてこういう手をずっと近代国家は用いてきた。つまり、郷土というものを国家と結び 付けようとし続けた国家の戦略の「成果」です。1871年にプロイセンに破れ、アルザス・ロレー ヌを割譲されたフランスは、ナショナリズム的な教育の色合いを強めるような教育改革を行い ました。当時のフランスの支配層の普仏戦争の敗因分析は次のようなものでした。フランスの 都市部の労働者はパリ・コミューンなどが象徴的ですが、「愛国者ではあっても階級闘争の主 体」であり、農村部は、プロイセンの軍隊がフランス領に入ったら、プロイセン兵士に食料の援 助をしたりするなど、「国家」に対する意識は薄い、というものでした。そこで、国家に対して従 順で、燃え上がるような愛国心を持ったフランス人を育てたかったのです。 その当時のフランスの小学校でつかわれていた副教材では、フランスの諸地域の「多様性」 を承認し、地域の人間としての「誇り」を持つことを認めつつ、その誇りがフランス国家としての 「誇り」に直接結びつけるというような内容のものが掲載されています。その教材の内容は次のようなものです。 この教材は、主人公の兄弟2人(両方ともまだ小学生です)がフランスを一周するなかで、フランスの地理や自然や社会を学ぶというような体裁をとっています。主人公の兄弟は、アルザ ス・ロレーヌに住む孤児です。彼らは自分たちのオジに会いにいくためにドイツ帝国の官憲の 目を盗んで、パリに向かいます。途中、フランス南部にすむオック人のところに兄弟は泊まった りしますが、そこでは、フランス語が話せないオック人がいたりします。そしてそのオック人の息子や娘たちは小学生としてフランス語を学んでいて、兄弟2人は、幼い世代がフランスに同化しつつあることをよろこびます。また、別のところでは、2人の男が、自分たちの出身地域の「郷 土自慢」をして挙句の果てに喧嘩になります。兄弟2人はその喧嘩をとめるために、「フランス のどの地域もすばらしいが、あくまでフランスの一部だ」といって郷土の「すばらしさ」とフランス の「すばらしさ」をいとも簡単にドッキングさせてしまいます(!)(現代日本の「心のノート」も副 教材でしたね) また、日本でも、近代以降、内国勧業博覧会をはじめとして、天皇の即位○周年とかに開か れる「郷土パレード」などにいたるまで、地域の「誇り」がイコール「日本にすむものとしての誇 り」であるかのように語られてきています。このような作為に対しての無自覚が、郷土愛と「愛 国」とを混同してしまう、論理的な理由でしょう。 ともかく、今与党が通そうとしてる教育基本法の「改定」(改悪)の流れを断ち切る闘いとは、 私たちの内面の自由を守る闘いです。上記のような近代の歴史を踏まえて、現在、なぜ「教育 基本法」改悪なのか、ということを広く人々と討論していくことが肝要です。ともかく、また後ほ ど、なぜ今教育基本法の改悪か、について考えてみたいとおもいます。 |
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地雷踏んでもよかですか?
はじめに布引さん、コメントありがとうございます。喜八さん、TBありがとうございま ...続きを見る |
doll and peace 2006/09/11 20:37 |
| 内 容 | ニックネーム/日時 |
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愛国心というものは、教育しなくても誰でも持っています。サークルのメンバー「なら思うに」(理科系の大学院生)さんは、「現在の学問を通じて国の役に立ちたい。」と言われています。 |
Hbar 2006/08/22 12:33 |
Hbar さん |
nori 2006/08/22 12:59 |
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