糞リアリズム

糞リアリズム論争ーー。台湾において戦争まっただ中に(1943年)、文壇でたたかわされた論争です。

 西川満というファシズム作家が、「戦争に協力しなくてはいけないときに、人々の苦しみなんて書くことはだめだ。そもそもリアリズムなんていう潮流は西洋のものだから、帝国にはあわない。むしろ、今や曲げるのは現実の方だ」なんていう論説を発表したことに端を発したのでした。

 これに対して、リアリズム(というか元々プロレタリア文学者)の立場にたつ楊逵(1905~1985)という作家が反論。

 「あの糞もまた、太陽の光を借りて、植物を育て、野菜をはぐくむ。糞にこそ真実があるし、その糞をつかって農民たちは、作物を育てている。それを書くことにこそ輝きがあるのだ。」というような反論をしたわけです。だから糞ーリアリズムなわけです。

 人々の具体的な苦しみや悲しみや喜びそのものを表現することが困難なこの時期に楊逵が訴えたことは、この時期だから、という限定を外してもなお、通用する、いや、現在と未来の文化表現にこそ生かされなくてはならない、と感じました。

 ここで、楊逵は、表層を表面的に描くことの制限性を乗り越え、より糞そのものの本質を描ききる、すなわち、生そのものの基盤としての糞を見いだしたのだと思います。

 そしてここで僕が言う生とは、土と養分、そして太陽の光による植物の生育というレベルの循環の問題と、それが人間や動物をも生かしているという生物界の循環、そして人間社会の構造そのものという意味での生です。

 戦争の中でも楊逵は何とかこうしたことをえがきたかったのでしょう。なかなかそれはこの時期には適いませんでしたが・・・。しかし、この作家の偉いところは、自らがリアリズムを貫くために、一貫して民衆の中に入り込もうとしたところです。彼は、戦時期に、プロレタリア文学者としての自分をそれまで、民衆を教化し、指導し、そして民衆を観察する主体としてとらえていた自分の文学上の立場を問い直し、「民衆を鑑」としてとらえる文学表現を試みます。こうしてとらえることで、よりいっそう彼は、民衆のリアルな実態を把握しようと努めました。完全に戦争協力をうながすための小説集『決戦台湾小説集』(1944)でも、彼は、日本人による台湾人労働者の支配という枠組みの中ではあれ、増産の要求と物資の欠乏に苦しむ労働者を描こうとしました。ある意味では、もっともブレのない作家の一人だといえます。

 そして戦後、国民党政府により獄につながれるので、戦後もまた、彼の文学表現における問題意識を貫くことの困難にぶつかるわけです

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この記事へのコメント

2006年08月23日 03:15
こんにちは。新着から入りました。暑いですけどお互いにいいブログを作りたいですね。うちにもどうぞお越しください。
2006年08月23日 07:21
臨済禅師の師は人間の事を糞袋と言い放った。糞を馬鹿にしては味噌が糞を笑うようなものです。中国人は糞の事をわが身同様に捕らえる風習があったようです。

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  • VISVIM サンダル

    Excerpt: 糞リアリズム 美麗島の声を聞け/ウェブリブログ Weblog: VISVIM サンダル racked: 2013-07-09 17:50